Antennaのかたまり

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四季恋草紙 春の巻 五

四季恋草紙 春の巻

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四季恋草紙 春の巻 五

 「相変わらず、ふてぶてしいお顔ですのね。わたくしの心が繊細だと感じさせていただいて、いつもありがたく思いますわ」
 「いえいえ、御礼をおっしゃって頂くにはおよびません。華宮さまは私めよりもずっと心意気がお強いと、兄宮さまからいつも伺っていますから」
 奇妙な光景だなぁ、と小夜は思った。
 華宮と、少し年上の男がひとり。どちらもにこにこと微笑んで、表情とは異なる言葉を交わしている。
 「…いつも、こうなのですか?」
 小声で訊ねると、華宮の乳母・上総は苦笑した。
 「ええ、幼少のみぎりより、お二方は毎度このような感じですよ。あまりに見慣れてしまって、お止めするのも忘れて久しくなりました」
 放っておけばやみますから、落ち着いてお待ちなさい。涼しい顔でそんなことを言う上総が、小夜にはとても頼もしく見えた。

 目の前の男は、近衛府にて中将の任についている。住まいには「枝ぶりが都一美しい」と評判の橘があることから、彼は橘中将と呼ばれるようになった。藤壺の中宮(華宮の生母)や太政大臣とゆかりのある家柄で、華宮とは幼少時より付き合いがあったそうだ。
 ただし、犬猿の仲として。
 上総や藤壺中宮に言わせれば、仲の良い喧嘩友達といったところなのだが、本人たちは頑として認めようとしない。否定する息がぴったりなのがどうにも可笑しい、と周囲はため息をもらすのが常だそうだ。
 「して、そちらの方は?」
 橘中将が小夜の方を向く。突然矛先を向けられ、小夜は慌てていずまいを正した。
 「権中納言が次女、小夜と申します。先日より華宮さまにお仕えさせていただいております」
 「ああ、筝の琴が上手だと聞いているよ。近いうちにぜひとも、琴の音を聞かせていただきたいものだと思っていました」
 「いえ、そのような大したものでは…」
 社交辞令に慣れない小夜は、賛辞をもらっても巧く返すことができない。ただ恐縮するしかない自分が、なんだか無様に感じてしまう。卑屈になってはいけない、尚更情けなくなってしまう、と思うのだけれど。
 そんな小夜の心を知ってか知らずか。人心掌握に長けた橘中将は、にこやかに微笑んで、小夜の心を軽くする言葉をくれる。
 「まあ、そう言わずに。宴など開かれた折には、琴や笛などを合わせる機会もございましょう。その際にでも、聞かせて頂けることを楽しみにしていますよ」
 合奏ならば、小夜の演奏は適度に紛れてしまう。それならたぶん大丈夫、と安堵する心があった。
 「ありがとうございます。橘中将さま」
 流石は物慣れた人の心遣いだと、小夜は感謝を込めて頭を垂れた。この橘中将といい、日々お仕えしている華宮といい、引き合わされるひとは皆、気立ての優れた方々ばかり。見習わねばなるまい、と小夜はひそかに誓った。


 彼は咲宮[さきのみや]に会うついでに、その妹である華宮の居室へと寄ったとのことだった。
 喧嘩ついでの間違いでしょう、とは華宮の言である。
 「ああ、堅苦しい役職名ではなく、どうぞ――」
 「橘中将。わたくしの大事な女官に手を出さないでくださるかしら」
 名前で呼んでもらいたい、と言おうとしたのだろう。その台詞を、華宮がぴしゃりと遮った。厳しい表情のまま、小夜に向かってささやく。
 「この男、方々の女性にこんなことばかり言っているのよ。わたくし付きの女官が、これまでに何人泣かされてきたことか」
 なれなれしく……もとい、気安く言葉をかけられて驚いていた小夜は、橘中将を見やる。整った顔立ちに、よく通る声。
 確かに、弁舌は巧みでありそうだ。苦笑するだけで否定しない様子から、おそらく華宮の言うことは真実なのだろう。
 「物慣れない女性に声をかけてさしあげるのは、男性として当然のたしなみですよ」
 「声をかけるだけであれば、ね。大した用もないのに足繁く通うことは必要ないわ」
 よからぬことを目前で暴露されても、当の橘中将はどこ吹く風。素早く言葉の応酬が交わされるが、ついていけない小夜はただ眺めるばかり。
 「用ならありますよ。近々宴に現れる、噂の琴の名手にお会いする…という、大切な用事がね」
 「嘘でも、そこはわたくしに会いに来たとおっしゃったらどうなの」
 「それは失礼」

 「…………近々?」
 打てば響くような二人の会話。ずっと黙って聞いていたが、ふと橘中将の一言を聞きとがめて、小夜はつぶやいた。
 しん、と場に沈黙が訪れる。しまった、口を挟んではいけなかったのか…と小夜が不安になっていると、二人の表情はみるみる変わった。
 ばつの悪い顔をした橘中将。そして、眉をつりあげる華宮。上総に助けを求めたくとも、彼女は少し前に退出してしまって不在だった。
 沈黙の中、最初に動いたのは橘中将だった。
 「さて、そろそろおいとましますよ。咲宮さまをお待たせしてもいけませんし、ね」
 彼はそそくさと帰ろうとする。その様子に、華宮は声を荒げた。
 「わたくしも聞いていないわ、近々宴があるなんて。しかも、そこで小夜が琴を弾くとは、どういうことなの」
 小夜が宴に出席するとは、当然華宮も出席するということ。彼の口ぶりからすれば、それは既に決定事項のようである。それなのに、華宮でさえその事実を知らないのは、どういうことなのだろう。
 小夜も言葉を添える。
 「あの、わたしも気になります。お願いします、教えてくださいませ」
 何か大きな粗相があっては困りますから。駄目出しにそう付け加えると、むしろ彼の方がずっと困った顔をした。
 情けなげに下がった眉と、細められた目には不思議と愛嬌があって。その様を見て小夜は、これまでこの公達に心を奪われてきた女性たちは、こんな顔が見たくて我侭を言うんだろうか…などと場違いなことを考えてしまった。
 「女性二人に問い詰められたら、答えずにはいられませんね。……残念ながら、今はまだ詳しくお伝えすることができません。ただ、じきに正式なお話がお耳に届くでしょう。それだけは申し上げておきますよ」
 またご機嫌伺いに参りますよ、と微笑んで橘中将は去った。小夜があっけに取られてしまうような、あざやかな去り際であった。

 何かが、動いていた。それだけはわかるのだ。
 けれど一体何が起こるのだろう。それが知りたくてたまらなくて、そして少しだけ怖い気がした。
(07/10/28〜11/03 推敲)
第六話はこちらから ≫

華宮と橘中将の会話が、長すぎ。書いてるこちらはノリノリでした(爆)
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コメント

No title

華宮と橘中将のやりとり面白かったです。
新参の小夜が会話についていけないのは仕方ないですが、
こちらの知らないところで、宴の計画が進行してるんですね。

2007.11.04  銀河系一朗  編集

Re:

お読みいただき、ありがとうございます!
このふたりは、幼馴染みかつ喧嘩友達です(笑)
華宮は橘中将に少々の恨みもあったりしますが。
宴の計画、そして宴を開く理由について進行中…といったところでしょうか。
予定では2話先に詳しく出てくるはずです。それまでお待ちくださいませ〜。
ちゃんとプロット通りに話が進んでくれますように!

2007.11.04  紫藤 ゆとり  編集

No title

むむ。

おもしろくなってきましたね。

一体何が起きようとしているんでしょう!

2007.11.05  ケンネル  編集

Re:

やっとここまで来ました…。春の巻、当初は全5話ぐらいで終わるかと思っていたんですが、こんなに続いていることが私自身信じられません(笑)
何が起こるんでしょうね。どうぞ引き続き、お付き合いくださいませ。
読んでくださって、ありがとうございます!

2007.11.05  紫藤 ゆとり  編集

今回もとっても素敵でしたww

特に橘中将様がっ!!!!!
まさか、お名前は友雅とおっしゃるんじゃ?
(そんなことあるわけないだろ)

華宮と橘中将の会話はテンポがよくて読み応えがありました。
ゆとりさん、会話シーン、とってもお上手♪
嗚呼、堪能しました。・・・・・ごちそうさまです。
(おまえ、何を喰ったんだ?)

2007.11.06  宝來りょう  編集

Re:

お読みいただき、ありがとうございます。
そうか、「遥かなる〜」には橘少将がいらしたのですね!
彼にあやかってお気に留めて頂ければ、此処の橘中将も喜ぶでしょう。
ちなみにうちの橘さん、お名前はまだ内緒です(笑)なんて。
おそまつさまでした☆

2007.11.08  紫藤 ゆとり  編集

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プロフィール

紫藤ゆとり

Author:紫藤ゆとり
モノカキのはしくれとなって、はや?年。
まだまだ精進あるのみ。。。
ブランクはありつつも、なぜか書くことをやめられない。
そんな、なぜか理系の女子です。
(4月から大学院生やってます)

好きな作家は 恩田陸、加納朋子、伊坂幸太郎、本多孝好、などなど多数。

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