Antennaのかたまり

平安時代が舞台の恋愛小説を連載しています。ほか、短編や日々の雑記、読書録なども書いてます。小説サイト開設しました!古代日本が舞台の恋愛ファンタジーを連載中。(http://acluster.tumabeni.com/)

四季恋草紙 春の巻 四

四季恋草紙 春の巻

第一話 / 第二話 / 第三話 はこちらからどうぞ。


 興ざめなもの。
 花びらが散ってしまった桜。季節は終わったのに、手元に残ってしまった桜色の和紙。
 桜が散ってしまうと、途端に物憂い気分になってしまうのはなぜだろう。文机にもたれて、小夜はため息をついた。

四季恋草紙 春の巻 四


 ため息をつく間もなく、いつも楽しそうに話しかけてくれるはずの華宮は、今日は不在であった。
 年頃も近く、瞬く間に仲良くなった華宮は、まるで乳兄弟のように親しげに小夜に接してくれる。継母や異母姉にいびられ暮らした頃とは天地の差があり、幸せで寂しさなど感じなかった。
 そう、話し相手を求めていたのは華宮だけでなく、小夜も然りだったのだ。きっと。だから物慣れぬ宮中で暇をもてあますのは、どうにも居心地が悪くて。
 こうしてひとりで居ることは、ひどく興ざめ――がっかりすることなのだ、と改めて小夜には思われた。

 桜の新芽を育てるような、すがすがしい日ざしが射しこんでくる。良い天気だ。
 このままうとうとと、まどろんでしまいたい……そう考えていると、そよ風が文机の上の紙をひらりとさらっていった。上質な和紙はかさりと音を立てて床に落ちる。
 ああ、憂鬱だ。小夜にため息をつかせるものが、まだあった。

 興ざめなもの。
 興味本位で送られてくる、恋文。
 文から相手が恋に手馴れていることを感じられれば、なおいっそう興ざめである。
 名前も覚束ない相手から送られてきたって、小夜には返事の仕様が無い。様々な人と恋を交わして噂されて、それの何がいいの、と思ってしまう。まして、「物珍しいから短歌を送ってみた」という雰囲気の見え透いたものが届いた日には、返事をするのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
 面倒くさくなって、小夜はいつもの断り文句をしたためた。いわく、
 「宮中に入ったばかりのわたくしに、恋文を下さる方がいらっしゃるわけはありません。どなたか、相手をお間違えではないでしょうか」
 そんな意味合いの返歌を書いて、下働きの童に託す。こんな文を書くのも、もう何度目か。最近とみに多くなって、もう忘れてしまった。わざわざ短歌を考えるのも面倒で、失礼とは思いつつも、同じ返答を使いまわしている。



 「せっかくの恋文をおざなりにしてしまうなんて、少し、もったいない気がするわよ」
 いつの夕暮れだったか。華宮の乳母の上総も、他にお仕えする女性たちも、みな出払ってしまっていて。小夜と華宮ふたりだけのとき、ぼそりと華宮がこぼした。
 「わたくしは一体、どこへ嫁がされるのかしら」
 普段の華やかな笑顔は、なかった。内親王に勝る身分の殿方は、実の親や兄弟をおいて他に無い。華宮が降嫁することは疑いようも無く、ただ相手が決まってはいなかった。
 相手を決めるのは、政略と家柄のみ。そこに華宮の意志はない。
 「それは……」
 宮中に入って日の浅い小夜には答えられない。誰が身分上適しているのか。どう言えば華宮の不安を取り除いくことができるのか。必死に考えていると、少し笑う声がした。
 「いやだ、そんなに考え込んでくれたの?ありがとう」

 怖いのだ、と華宮は言った。
 降嫁したら、腫れ物の様に扱われはしないか。ただの飾りにされた挙句、世間知らずになって行きはしないか。
 「……」
 少しだけ、小夜には覚えがあった。
 政情を知ろうとしない継母。自分や娘を飾ることにしか興味は無く、それなのに夫の出世が遅いとなじってみせる。気の弱い父は申し訳なさそうに笑っていた。その奥にどれほどの苦労があったのか。宮中で暮らすようになって、少しずつ小夜にもわかるようになってきた。
 「そのお心があれば、宮さまはそのようにはなりません……そう、思います」
 自信がなくて、語尾を濁してしまったけれど。自分の考えをしっかりと持つ、華宮の長所が失われてしまうのは忍びない。願いをこめて、小夜はかみしめるように言った。
 「そうだといいわね…そう、願うわ」
 ただの貴族女性としての、普通の結婚は望めない可能性が高い。華宮も、小夜もそれは同じことで。そんな、乳母にも言えない悩みを、打ち明けられたことが誇らしかった。そう感じていた矢先、華宮は小夜に矛先を向けた。
 「ところで、どうして小夜はあんなにも文を嫌がるの?誰か、心に留める人でもいるの?」
 「珍しいことを理由に送られる文など、あっても鬱陶しいだけです。納言家の妾腹を本気で娶ろうとするような、酔狂な方などおりません。私の存在が珍しくなくなれば、きっと文も絶えましょう。それを待っているんです。私も世間知らずになるのは嫌ですから、宮さまがお許しくださるなら、嫁がれた先でもお仕えしますよ?」
 いつでもお呼びください、と小夜は笑った。
 「仕方ないわね。嫌というほどこき使ってあげるわ」
 華宮の表情にも笑顔が戻った。



 風に舞い上がった紙が鼻先をくすぐって、小夜は目を覚ました。文机にもたれて、うたたねをしていたらしい。不自然な姿勢だったせいか、こころなしか背中が痛い。
 よほど、暇をもてあましていたのだろう…。そういえば、「次は、昼間に」と約束したはずの、名無しの公達は現れない。華宮が居ても構わないとは思うが、こういうときに、他に誰もいない時に現れなくてどうするのだろう、などと八つ当たりめいたことを小夜は考えた。
 「……」
 次の瞬間、はじかれたように起き上がる。
 小夜が彼と邂逅を果たしたあの日以来、「名乗らずの公達」の噂はぱたりと消えていた。

「枕草子」第二十二段、「すさまじきもの」からインスピレーションを受けて書きました。
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コメント

No title

読んじゃいました。

ふむふむ。

冒頭の部分で小春日和な雰囲気(いや、初夏か)を、秋真っ盛りに感じてしまいました(笑)。

花粉症が無ければ、春はとってもステキな季節なんですけどね…。



花粉症、治らないかなぁ。

2007.10.16  けんねる   編集

No title

文の風習て不思議ですよね。
ひとつには貴族の女性はあまり外出しなかったし、そういう場もなかったせいかな。
しかし、文を送る方も、顔も知らずに噂だけで送っていたり。
他に手段がないということなのか。

華宮と小夜のやりとりも雰囲気よくて楽しかったです。

2007.10.17  銀河系一朗  編集

Re:

読んでいただいて、ありがとうございますm(_ _)m

*けんねる さま
秋深まって、もう肌寒い季節なんですけどね…(笑)
遅筆なので、どこかで季節が合うでしょう。
けんねるさんも花粉症持ちですか!紫藤もですよ^^;
スギの他にハウスダストも駄目なので、大掃除は好きですがマスクが必須。怪しい人です(笑)
アレルギー、治せるようにならないですかねぇ。

*銀河系一朗 さま
源氏物語で、光源氏が紫上を見初めたのは垣根からの覗き見でしたが
今考えたらとっても不審者ですね(笑)当時はそんな「かいま見」や噂が主だったようです。
まっすぐな黒髪が美人の証、というのもやはり、髪ぐらいしか見えなかったからかも。
現代よりもずっとイマジネーションを大切にする風潮だったのかな。すこし羨ましい気もしますね。

2007.10.17  紫藤 ゆとり  編集

こんばんわ!

「すさまじきもの」宮仕えでしっけ?
なつかしいです。宝來、国文科だったんですよん。
(遠い日ですけど)
華宮と小夜の会話はさらさらと小川が流れるようでステキです。
でも、この時代に女に生まれたら、やっぱ女房になってみたいですねぇ。
(恋文はちいとも、いらないけど)
次作もとても楽しみにしています。
だって、自分のものと違って、ゆとりさまのは優しい気持ちになれるんですもの。

2007.10.23  宝來りょう  編集

Re:

こんばんは!コメント、そして「優しい気持ち」と言っていただけて…大変嬉しいです(>o<)ありがとうございます。
宝來さん、国文科だったんですね!いいなぁ。高校時代、純文学がどうにも苦手で紫藤は断念してしまいましたが…しまった、進路を間違えた(笑)
女房、いいですよね。「手紙にお土産がついてこないって、どーゆーこと?やな感じー」なんて言っちゃう枕草子、サバサバしてて大好きです^^

2007.10.27  紫藤 ゆとり  編集

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紫藤ゆとり

Author:紫藤ゆとり
モノカキのはしくれとなって、はや?年。
まだまだ精進あるのみ。。。
ブランクはありつつも、なぜか書くことをやめられない。
そんな、なぜか理系の女子です。
(4月から大学院生やってます)

好きな作家は 恩田陸、加納朋子、伊坂幸太郎、本多孝好、などなど多数。

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