冷たい瓦礫のうえで、人でも機械でもない、ふしぎな歌声。
「何が歌っているの?」
聞きなれぬその響きに、僕は尋ねた。
「歌い声じゃないわ、楽器の演奏よ」
歌声がやんで、綺麗な声が聞こえた。くすくすと笑いさざめくのは、鈴を振るような高い声。やがて、瓦礫のてっぺんからひとが顔をのぞかせる。少女だった。
「……楽器ってなに?機械が歌っているの?」
彼女は苦笑して、まぁそうかもねとひとりごちた。
機械のものでない返事をきいたのは、そういえば久し振りだったと後になって気がついた。
「この世界にまだ、<うた>を知っている人がいたのね」
彼女は嬉しそうに言った。朱色の唇から飛び出すのは、僕には聞いたこともない旋律ばかり。
「<うた>ならみんな知ってるさ」
僕がハミングしたのは、機械や人間が人工子宮から排出されるときに、決まって流されるメロディー。きっと僕がこの世に生み出されたときにも流れたであろう、曲。その音の振動数の増減を、自分の声で真似してみることを「歌う」というのを、そういえばいつ知ったのだったか。
「そうじゃないわ。音程の上下を、楽しんで作り出さなければ<うた>とは言わないもの」
じゃあ僕は楽しんでいるのか。楽しい、という感情が僕に存在していたことに僕は驚いた。そうそう、「驚く」という感情に気が付かせてくれたのも彼女だ。ほんとうに、いろいろな発見をさせてくれる。
「そうなんだ……」
「自分でじゃなくても、<うた>をつくりだすことはできるわ。その道具が、さっきの」
「さっきの機械?」
「機械とは違うかもしれない。だって機械は勝手に動いてくれるでしょ?これは、あたしたちが音を吹き込まなければならないから」
入力を要求するなんて、不便だなぁ。そう呟くと、彼女は楽しそうに笑った。
「不便かもしれないけれど、でも楽しいわよ。だって好きなように<うた>をつくっていいんだもの。これはね、瓦礫のなかに、落ちていたの。先人たちがつくりだしたものも、そう捨てたもんじゃないってことよね」
世界を破壊せしめた先人たち。この世界のあちこちに、彼らの遺物とも呼べるがらくたたちが山のように積まれている。
「やってみる?……えーと、きみは」
「僕?僕は756-1-30-56-6189065だけど」
「……は?」
「認識番号を聞いたんだよね。ちがった?」
そう訊くと、彼女はひどく不思議そうな顔をした。
「そうじゃなくて、名前をきいたんだけど……」
「名前なんてないよ。だって番号があれば事足りるじゃないか」
幾年と生きてきて、いままで不便を感じたことはなかったように思う。だから必要ないと思っていた。
「きっと、不便になるわ。それにあたしはひとを番号で呼ぶなんて絶対に嫌。だから、あたしがあなたに呼び名をつけてあげる」
それはひどく、心躍ることのように思えた。
「今日から、あなたはルタンティスって呼ぶわ。あたしはシャンティって呼ぶの。いい?」
「いいけど……それは、どういう意味のことば?」
<響かせるもの>という意味だと、彼女は答えた。
彼女、シャンティはほんとうに不思議な存在だった。僕にとっては驚きの連続ばかりで、それがなぜだか心地よくて、毎日その瓦礫の山へと通った。
◇
「すみません、人を探しているんですが!」
町の中心の戸籍データベースで僕は叫んだ。管理ロボットが同じトーンで返事をする。
「探している人の認識番号を教えてください」
「認識番号なんか知らない。女の子で、僕と同じぐらいの年で」
叫び声に、管理ロボットではなく奥から人がやってきた。どうしました、という穏やかな声。
「人がいきなり、いなくなってしまったんです!突然、いなくなるような子じゃないのに。シャンティって女の子なんです、いつも町の西の山にいて」
管理者は少し考えるしぐさをして、そして言った。
「その女の子のことは知りませんが……ひとつ心当たりはありますね。町の西側に住んでいた、認識番号下7桁が632で始まる人々には先日、住宅地の拡大のための瓦礫撤去で、移動命令が出されました。きっと、そのせいでしょう」
「移動命令って……」
僕も知らないわけではなかった。僕だって、前はこことは違う町に住んでいて、そこで大規模な工事が行われるために移動命令が出されて、そしてこの町に来たのだった。
「移動先は分かりますか?」
「残念ながら、それは認識番号の下4桁によってランダムに割り振られていますので、分かりかねます」
声を失くした僕に、管理ロボットが話しかけた。
「他に何か用件はありますか、756-1-30-56-6189065」
何も答えずに、僕は戸籍データベースの建物を後にした。答えなくてもロボットは気にしない。彼らはそういう存在。
ひとつだけわかったのは、僕を「ルタンティス」と呼んでくれる声はもう存在しないということだった。
端から壊されゆく瓦礫の山の頂上で、彼女のもっていた楽器を見つけた。
彼女は<うたうもの>だった。そして僕はそれを<響かせるもの>。
彼女が教えてくれたたくさんの歌を、僕はその楽器で吹いた。足りなくなれば、気に入ったものを何度でも吹いた。自分でも<うた>を作った。
決して楽しいとは言えなかった。その逆の感情が僕にも存在することを、今彼女はこうして教えてくれている。それでも、<うたう>ことを知っている人を減らしたくなくて、彼女の為に、楽器を吹き続けた。
いつまでも、吹き続けた。
(04' 11月 記、 080629 改稿)
四年半も前に書いた短編が、掘り起こされました。
漠然と世界観がよみがえったので、手を加えて掲載。
インスピレーション元は、明和電機の作品「EDELWEISS」シリーズ、
「TSUKUBA」シリーズ。それから、Do As Infinityの曲「科学の夜」でした。
ちなみに、名前の由来はフランス語の動詞「retentir」と「chanter」から。
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